2016  1  No.489


新年のご挨拶    理事長 石津 博康

特別寄稿
  2016年度の経済見通し  嶋中 雄二


調査
  2015・2016年度 山口県の経済見通し

 
 
明 治 維 新 ゆ か り の 地
妙円寺(柳井市)
妙円寺

月性展示館

 海防の急を唱えたことから「海防僧」とも呼ばれ幕末に活躍した勤王僧「月性」は、文化14年(1817年)、周防国遠崎村(現在の柳井市遠崎)にある妙円寺で生まれた。15歳のとき郷里を出て九州各地で漢学や詩学などを学んだ後、大阪、京都、江戸、北越を遊学し、多くの名士と交流した。
 後に「西の松下村塾」「東の清狂草堂」と並び称される私塾「清狂草堂」を開塾したのは32歳のとき。その学徳を慕って遠近各地から塾生が集まり、明治維新で活躍する多くの人材を輩出した。吉田松陰の実家である杉家とも親交があり、尊王論、討幕論などは松陰の思想形成に大きな影響を与えたとされる。
 優れた詩人でもあった月性は多くの傑作を遺し、その作詩は千篇を超えた。「男児志を立てて郷関を出づ」で始まり、「人間到る処青山あり」と締め括る「男児立志の詩」はあまりに有名である。