2015  4  No.480


アンケート調査

 山口県民の消費生活の実態
 〜2014年度山口県民アンケート調査結果・第1部〜


講演要旨

 2015年度の日本経済・金融市場展望
      大和証券チーフエコノミスト 熊谷亮丸 氏


地域ニュース
  国道191号下関北バイパスが全線開通


法律のワンポイント解説
  食品・製品等のリコールについて

           弁護士 山元浩

 
 
明 治 維 新 ゆ か り の 地
功山寺(下関市長府川端)
功山寺仏殿(国宝)

高杉晋作挙兵像

 満開の桜に彩られた下関市長府の名刹功山寺。 国道9号線から分かれ、城下町の面影を残す街並みを15分ほど歩くと、鬱蒼とした木立の中にひなびた総門が見えてくる。
 創建は鎌倉時代の嘉歴2年(1327年)と古く、臨済宗の長福寺として建立された。室町時代に大 内氏の庇護を受けた後、慶長7年(1602年)、長府毛利藩の初代藩主、毛利秀元が曹洞宗笑山寺と して再興。秀元の没後に功山寺と改名された。唐様建築の仏殿は日本最古の禅寺様式を残し、国宝に指定されている。
 明治維新においても重要な舞台になった。元治元年(1864年)12月、高杉晋作は幕府恭順派の 長州藩政府軍を倒すべく、ここ功山寺においてわずか84人で挙兵。これに呼応して奇兵隊や藩の諸 隊も立ち上がり、翌慶応元年1月の大田・絵堂の戦いに勝利したことで、藩論は討幕で統一された。