2015  8  No.484


調査

 山口県におけるインバウンド観光の現状と展望


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法律のワンポイント解説
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           弁護士 山元浩

 
 
明 治 維 新 ゆ か り の 地
旧萩藩校明倫館跡(萩市)
明倫館正門「南門」

旧明倫小学校本館

 長州藩(萩藩)の藩校明倫館は1718年(享保3年)、5代藩主毛利吉元が子弟教育を目的に萩城内 三の丸に建設し、1849年(嘉永2年)、13代藩主毛利敬親が現在地(江向)に移転・新築した。1867年(慶応3年)の廃館まで約150年間にわたり多くの人材を輩出し、水戸の弘道館、岡山の閑谷学校と並んで日本三大学府の一つと称された。
 明治時代になると跡地には明倫小学校が建てられ、1935年(昭和10年)に建て替えられた木造校舎で昨年3月まで授業が行われていた。
 現在では国道191号に沿った白塀の向こうで旧明倫小学校本館が威容を誇り、体育館は花燃ゆ大河ドラマ館として利用されている。広大な敷地内 には、ほかに毛利敬親が新明倫館の開校を祝って建てた「明倫館碑」、武芸修練場の「有備館」、正門の「南門」などの史跡が点在。長州の人材教育の系譜を今に伝えている。